麒麟がくる 第2回 道三の罠 加納口の戦いとは・・・

 

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 こんばんは!ショウです! 第二話では斎藤道三織田信秀が加納口の戦いで戦います。 加納口の戦いって聞いたことがないよ~って人が多いのではないでしょうか。私もこの時代の事はあんまり詳しくない(´;ω;`)。でもあんまりこの時代が描かれる事が少ないから逆に新鮮かも・・・

 

第二話あらすじ

 光秀(長谷川博己)に心を開いた望月東庵(堺正章)と駒(門脇麦)はともに美濃に向かうことになる。 しかしその行く手には、美濃侵略をもくろむ尾張織田信秀(高橋克典)の大軍が・・・。信秀の大軍に籠城を決め込む道三(本木雅弘)。光秀と道三の嫡男・高政(伊藤英明)は反対するが、それは敵を欺く道三の作戦だった。

織田軍が2万の大軍で攻め込んでくる 斎藤方は4千・・・勝機は・・・?

 織田軍が2万の大軍で攻め込んでくるという・・・ 美濃は自分たちの領地しか守る事しか考えていないために斎藤方の兵は4千余り・・・。 勝機はあるのか・・・? しかも道三と謁見した光秀は鉄砲を道三に渡し、道三は旅の費用の半分は返せという・・・。私もさすが道三と思いつつも、「戦で侍大将二人の首を取ったら帳消しにしてやるとか・・・」 無理だろ~

光秀、帰蝶と再会・・・

 戦に行く準備をしていると帰蝶と久々に再開・・・。 昔の思い出話にふけっておりました。この二人、従妹同士という説もありますよね。本当かどうかはわかりませんが・・・。

光秀、侍大将の首を打ち取るも・・・

 なんとか戦に勝利し、光秀は侍大将の首を打ち取るも打ち取った武将が叔父に顔が似ていたためにためらいがあったと・・・光秀らしいけど武将としてはどうかって思いますよね。

斎藤方に味方する兵が少なかったのは土岐頼純の策略だった

 土岐頼純は織田信秀とある取り引きをしていた。「美濃に攻めよって道三を打ち取った暁には相当の領地を与えると」 頼純は守護とは名ばかりで実質的な権限は道三に握られていてそれがおもしろくなくてこのような計略を企てました。 しかし、実質的な力は道三が上というには二人の会話から見てとれますね。最後にはお茶を飲まされ・・・その中には毒が・・・こわ~。

加納口の戦いとは・・・

 「加納口の戦い」って何っていう人が大半ですよね。 私も結構、歴史通なんですがそれでもなんか織田軍に大量の死者が出て敗戦したって事しか知りませんでした。稲葉山城って山の上にあって難攻不落っていわれててそりゃ大軍で攻めても地理をしりつくした斎藤軍には勝てないよ~って小学校の時に見たドラえもんの歴史漫画の伝記「織田信長」を見てて思ってました。

 織田信長斎藤道三との間に起こった合戦

 1547年に織田信秀が美濃へ侵攻。織田軍が斎藤道三の居城・稲葉山城の下まで攻め寄せてきたといわれています。

信長公記にある戦いの経緯

織田信秀尾張国中に要請して兵を集め、美濃へ侵入し、方々に放火して回り、9月22日には斎藤道三の居城稲葉山城周辺の村々を焼き払って町口にまで迫った。しかし、午後4時頃に一旦引き上げることにし、兵が半分になったところを道三が攻撃してきて、織田方は守備が整わず、信秀の弟織田信康など5000人余りが討ち死にした。

美濃国諸旧記には全く異なる経緯が・・・

 ところが、「美濃国諸旧記」には全く異なる経緯が書かれており、1544年、道三の美濃守護土岐頼芸に対する逆心を憎んだ信秀が、越前の朝倉義景と呼応して美濃へ南北から攻め入り、織田の兵は5千人余りだったという。両勢に攻められた道三は和睦した。

しかし、1547年にも大桑城に籠る頼芸・頼純に蜂起させて、朝倉・織田連合軍で支援しようとしたが、道三が先手を打って大桑城を1万3千の兵で攻め落とした。頼純は討ち死にし、頼芸は朝倉を頼って一乗谷に逃れたという。

最後に・・・どちらにせよ土岐氏が一枚噛んでいる・・・?

 ドラマみたいに毒殺されたとかはないと思うんだけど、攻め込む織田方にも大義名分がいるだろうし、土岐氏も斎藤家に実質的な権限を握られていておもしろくないと思っていたので両者の思惑が一致したからこういう取引がなされた可能性はあると思いました。今週も良い所で終わりでした・・・続く